山形県酒田市山居町一丁目

震災前取材

 

江戸期より、庄内米の積出港として賑わった酒田に、明治26年(1893)、旧庄内藩主酒井家によって新井田川のほとりに酒田米穀取引所付属倉庫として創設された。

その建築には、幕藩時代の技術の粋を集め、二重の屋根、湿気防止の内部構造、そして背後に聳える欅並木は、夏の西日、冬の季節風から蔵を守るなど自然を利用した低温倉庫管理ができるように造られている。昭和14年(1939)に米の国家管理により米穀取引所は廃止されたが、山居倉庫は築百年以上経ったいまも現役で、庄内経済連の農業倉庫として庄内米を保管している。

かつては、秋になると最上川、新井田川を下り、米を満載した小鵜飼船が次々とやってきて、辺りは活気に満ちあふれたという。又女丁持と呼ばれた女性たちは、米俵を軽々と背負い、船着き場から倉庫へと運んだと伝えられている。

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