山形県鶴岡市羽黒町手向字手向

震災前取材

 

黄金堂の創建は、神亀5年(728)、聖武天皇が勅願所として建立したという伝承が伝わるが詳細は定かではない。その後、建久4年(1193)、源頼朝が平泉藤原氏を討つ折に、戦勝祈願のため、土肥実平に命じて堂宇の再建を行なった。文禄3年(1594)には酒田城主の甘粕備後守によって大修復がされ、歴代領主からも庇護され、堂宇の造営や改修、寺領の寄進などが行われている。黄金堂は、山上の大金堂(三神合祭殿)に対して、小金堂とも呼ばれていたという。境内には黄金埋蔵伝説が伝えられている。

正善院は黄金堂の別当寺として、江戸期の羽黒山信仰の隆盛と共に多くの末寺を抱えていたが、明治初頭の神仏分離令で羽黒山神社から切り離されると急速に衰退し、現在は末寺3ヶ寺となっている。明治41年(1966)に国指定重要文化財に指定されている。庄内三十三観音霊場一番札所。

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