山形県山形市十日町

震災前取材

 

山形城は、斯波兼頼 が延文2年(1357)に築城したものと伝えられる。最上義光は関ヶ原合戦の後に、庄内地方も含め、五十七万石を得て、山形城を近世の城に大改修した。

城は、本丸、二の丸、三の丸を有する平城で、その規模は、東西1480m、南北1881mに及び、平城としては全国有数の大きさだった。

この歌懸稲荷神社の西側に残る土塁は、三の丸東南方の十日町口に南接する部分にあたり、昔をしのばせる樹木が繁茂し、東側には堀跡が窪みとなって残っている。

現在、二の丸区域内とともに、国の史跡に指定されている。

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