山形県村山市河島乙

震災前取材

 

最上川は村山の中央部を流れ、かつては舟運の道で、置賜地方から庄内地方まで、現在の山形県のほぼ全域の交通の大動脈だった。当時、最上川の三難所として、「碁点(ごてん)」「三ヶ瀬(みかのせ)」「隼(はやぶさ)」が挙げられ、すべて現在の村山市内にある。

「碁点」は、現在の碁点橋の下にあり、碁石を並べたように岩が突起しているため「碁点」の名がついたという。

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