山形県天童市山元

震災前取材

 

若松寺は、奈良時代にあたる和銅元年(708)に行基が開山した霊場。この地を訪れた行基が、鈴の音に誘われて山に分け入り寺を開いたと伝え、山号を「鈴立山」と号す。若松寺の本尊は、行基が山上の杉で刻んだと云う聖観世音菩薩。

その後、貞観2年(860)、山寺の立石寺を開山した慈覚大師が、山頂付近にあった堂を現在の地に移し、大規模な伽藍を造営した。この時期に奈良時代の法相宗から天台宗となり、開山が行基菩薩、中興の祖が慈覚大師として祀られている。

室町時代になると、西国の観音巡礼信仰が東国にも及び、最上三十三観音札所の第一番に位置づけられ、古くから多数の巡礼者が訪れている。歴代領主からも庇護を受け、中世には最上義光が伽藍を改修し、江戸時代に入っても三代将軍徳川家光から朱印状を受け寺領を安堵された。

民衆からも信仰を集め、昔から縁結びの観音として多くの人々に親しまれ信仰を集めてきた。民謡「花笠音頭」の歌詞の中にも「めでためでたの若松様よ」と歌われている。

永禄6年(1509)に建立された観音堂は、慶長年間(1596~1614)に最上義光によって大改修されたもので、主材をブナ材にするなど地方色が濃い密教建築の遺構として大変貴重なもので、国重要文化財に指定されている。

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