山形県新庄市十日町字太田…瑞雲院

震災前取材

 

戸沢家の墓所は、この瑞雲院に六棟と、桂嶽寺に一棟ある。瑞雲院の御霊屋には、新庄藩十一代のうち二代藩主正誠を除く十代の墓石が納められている。六棟の御霊屋は総欅造りでそれぞれ大きさは異なる。堂内には、歴代藩主とその正室や側室、家族の墓石が納まっており、近世大名の墓の中では極めて稀である。

瑞雲院は、初めは、城下町北の入ロの要として、羽州街道西側に建立されたが、元禄14年(1701)全焼し、寺地を現在地に移したと云う。その際に、墓石のみであった墓所を、現在の廟建築の形式に変えたものと考えられる。

戸沢家は、最初は秋田県角館城に居を構え、戦国大名としての地位を築いた。関ヶ原の戦いの後、常州(現茨城県)松岡四万石となったが、元和8年(1622)、最上氏の改易により、羽州最上郡と村山郡の一部六万石で新庄に入部し、明治の廃藩置県まで、十一代の藩主がこの地を支配した。

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