山形県新庄市中道町

震災前取材

 

昔、この地の瑞雲院の和尚が、檀家からほろ酔い機嫌で帰るとき、緋の衣をつけた和尚に呼び止められることが度々あった。和尚は、これは狐の仕業に違いないと思い、石の祠を建てたのがこの稲荷の始まりと伝えられる。

この稲荷に、あるとき、ある店の丁稚小僧が、出世したいものと思い、一生懸命働きながら、百日の日参をした。満願の日、夢の中に白衣の神様が出てきて、「お前は毎日熱心に働き、神を信じる心が篤いのは感心なことだ。お前を番頭にさせてやるぞ」と言う。

番頭になった丁稚は、さらに一生懸命働き、今度は一軒の店を持てるようにと願をかけ、日参したところ、とうとう店を持てるようになり、店も大繁盛したと云う。

それ以来、誰言うともなくこの稲荷を「出世稲荷」と呼ぶようになり、現在も、合格祈願、就職祈願、商売繁盛を願いお参りするものが多い。

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