秋田県由利本荘市長坂字三獄前

震災前取材

 

現在の社殿は明治17年(1887)に再建されたもので、装飾過多とも思える華麗な彫刻が見られる。特に向拝の彫刻が凝っており、龍、鳳凰、獅子、象、鯉、兎、力士、亀など、多くの縁起物が掘り込まれている。

「切通」の名の所以は、かつて地続きだった稲荷の森と葛岡の金峰神社の森とを、洪水より守るために切り開いたことによると伝えられる。

しかし、この社殿のある山は、朝比奈三郎が住んでいた館跡だったとの言い伝えもあり、空堀や切通し状の地形も見られることから、この地域の中世豪族の城館だったとも考えられる。

この稲荷社では、天明年間(1781~89)から始まったと云われる長坂梵天祭が旧暦2月の初午に行われ、先陣を争い梵天奉納が行われ、その勇壮さは「喧嘩稲荷」とも言われている。

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