秋田県秋田市金足黒川

2017/05/11取材

 

秋田での石油採掘は、幕末時期に草生津川流域から灯火用として始まり、明治初期に、旧久保田藩の御用油商人であった千蒲善五郎により、八橋で本格的な採油が開始された。

その後、久保田藩の殖産興業を推し進めた金易右衛門を祖父に持つ柿岡源十郎や、秋田県為替方を勤めた小野組などが、この黒川地区など3地区で油田開発を試み、手掘りによる石油の採掘を始めたが、大きな成果をあげられず、親会社の倒産などで頓挫した。

大正2年(1913)、日本石油は堀削の技術を習得し、最新機械を購入し黒川油田の開発を進め、成功井が続出した。翌年の大正3年には、原油が噴出し、その大噴油のニュースは、日本国内だけでなく海外まで伝えられ、年産15万キロリットル(約94万バレル)を超える日本有数の油田として注目を浴びた。黒川油田は昭和初期まで安定してこの年間産出量を維持し、これが元で秋田の石油開発はより一層盛んになった。

全盛時には、日産2000キロリットルを誇り、これは当時日本一だったが、その後始原は枯渇し、現在では月産50キロリットル程ではあるが、現在も採油は続けられている。

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