山形県金山町有屋

震災前取材

 

神室山(かむろさん、1365m)は、秋田県湯沢市と山形県新庄市、金山町の境にある。黒森(1057m)、水晶森(1097m)、前神室山(1342m)、天狗森(1302m)、小又山(1366m)、火打岳(1237m)、八森山(1098m)、杢蔵山(1026m)、大森山(591m)と、30kmあまりも続き、神室連峰を形成し、全山栗駒国定公園に指定されている。

神室山は、古くから山岳信仰の山として知られ、修験の山として鳥海山と並び信仰を集めていた。山頂には「神室権現」、「雷神」、「太田神」、「水神」といった古碑が残されており、山中の窪地を田んぼに見立て、米などを撒いて五穀豊穣を祈った「御田」の跡と推定される場所が何箇所か残っている。

神室山麓の各集落には、それぞれに神室山の参詣者を迎えた宿坊の跡とされる場所が残されており、金山町に残る寺は、神室山の山岳修験にちなんだものとされている。

この山には多くの伝説が伝えられている。

むかし、この山には加羅王、悪路王という賊が蛮居し村人を苦しめていた。征夷大将軍坂上田村麻呂は、これを攻め山頂に追いつめ、鏑矢で射止めた。この鏑矢が山になったと伝えられ、秋田県側では神室山を鏑山とよんでいる。悪路王の首は山の東側に飛び、いまの宮城県鬼首の地に転げ落ちた。このことから、その地は鬼首と呼ばれるようになったと云う。

しかしその後も、賊は鎮らず、鳥海山に大物忌神を祀り平安を祈った。ところが、その鳥海山にも、手長足長という魔神がおり、登拝者をとらえ ては喰らい、手足を伸ばして、日本海を航行する船をひっくり返したりしていた。このため、神の怒りにふれ、山は天から火を注がれて破壊されてしまった。その山の一部は日本海に飛び、飛島になったと云う。

このことを境に、鳥海の神は神室山に移り、以来神室山は年毎に繁昌し、関東地方からも行者が来るようになった。神室山は、広く信仰を集め益々繁昌したが、反面、参拝者の賽銭を目当てに悪事を働くものが現れ、博徒の巣窟になってしま った。また僧坊に女を囲うなど、その破戒行為も著しくなり、これが、当時諸国を巡歴していた西明寺入道北条時頼の耳に入り、ついに閉山を命じられてしまった。

また、この閉山の理由としては、行者の捧げる賽銭が余りに夥しかったので、天下の財宝が失われることをお恐れたためとか、参拝者が余りに多かったために参道の鉄鎖が切れ、多数の人命が失われ登拝が禁止されたためとも伝えられている。

しかし、最上地方では神室山を西の鳥海山に対して、東の御山と呼び、今も近隣の住民の信仰をあつめている。

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