福島県只見町蒲生

震災前取材

  • 叶津付近から峠方向
八十里越は、新潟県三条市と福島県南会津郡只見町を結ぶ街道の名称で、鞍掛峠、木ノ根峠の二つの峠を含む。八里の区間でありながら八十里もあるかのように急峻で長大に感じる街道ということで、八十里越と呼ばれている。

国道289号となっているが、現在のところ、まだ車両が通行できる区間は福島側の1.1kmだけで、「点線国道」となっている。

この八十里越は、幕末の北越戦争に善戦しながら敗れた、長岡藩の家老河井継之助を初めとした長岡藩士ら千数百人が、会津へと落ちる際に通った。継之助は、北越戦争で膝に流れ弾を受けて重傷を追い、戸板で担がれてこの道を通った。その途中、長岡を守り切れなかった無念の思いからか、「八十里 腰抜け武士の 越す峠」と自嘲の句を詠んだという。継之助は、この峠を越えた後、只見町塩沢の地で、破傷風により没した。

この山道沿いには、ガトリング砲を落としたと云われる大砲沼があり、また軍資金3千両とガトリング砲を隠したという伝説も伝えられる。この街道は、継之助の生涯を描いた司馬遼太郎の小説「峠」の舞台でもある。

現在、国道289号線は改修中であり、2030年代にはトンネルが抜け、全線開通するという。

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