福島県金山町

震災前取材

  • 金山界隈
金山町は、福島会津地方の南西部、奥会津といわれる地域にある。総面積の約90%は森林地帯で、町の周囲は標高800~1300mの山々に囲まれ、北部は新潟県に境を接する越後山脈の急峻な山並みが広がる。その自然環境は厳しく、日本有数の豪雪地帯であり、根雪期間は4ヶ月にも及び、人々の生活を圧迫している。人口は約2500人で、年々高齢化、過疎化が進んでいる。

しかし、山々と渓谷は、四季折々に日本の原風景ともいうべき景観をかもし出す。町の中央部を、尾瀬を源流とする只見川が流れ、その支流の大小の河川が深い渓谷を刻み、その渓谷に大小30の集落が連なっている。また、それらを縫うように、国道252号線とJR只見線が走り、山々と渓谷と鉄橋は、ほかでは見られない美しい景観を形づくっている。

人々の営みは古くからあったようで、町内各所から縄文時代中期の土器が出土している。また、中世には、この一帯は会津四家の一人といわれた山内一族の支配下にあり、山内氏は横田の中丸城を中心に、七つの城館を構え、現在の集落はこの頃に形づくられている。

江戸時代は、東部は「金山谷」、西部は「伊北郷」と呼ばれ、尾瀬を含む広大な幕府の直轄地の「南山御蔵入」の一角だった。昭和30年(1955)に、川口、本名、沼沢、横田の4村が合併し金山村となり、昭和33年(1958)に町制施行により金山町となった。

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