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福島県会津美里町大石字東左下り

震災前取材

  • 上り口
左下(さくだり) 観音堂は、天長7年(830)、弘法大師(徳一大師の説もあり)が開山したと云われている。5間四面、4丈8尺(約15m)の懸造りの三層閣であり、廻り縁からの眺望は絶景である。

現在の建物は延文3年(1358)、葦名氏の家臣の富田将監裕義が改修したものとされる。堂内の柱の中から一番短い柱を見つけると幸福がもたらされるという言い伝えもあり、会津三十三観音霊場の二十一番札所にもなっており、今も訪れる者は多い。

本尊は、俗に無頸観音と呼ばれ、秘仏として須弥壇の奥に掘られた岩屋に安置されている。この本尊については次のような伝説が伝えられている。

延長年間(923~30)、越後の人が無実の罪を受け、この観音堂に逃れ、救いを求めていたが、遂に追手に捕らえられて打ち首になった。その首を越後に持ち帰り、主人に見せたところ、観音像の石首だったと云う。それ以降、この観音像は無頸観音と呼ばれるようになった。