福島県小野町谷津作字小治郎

震災前取材

 

平安時代初期、六歌仙や三十六歌仙にも数えられ、絶世の美人として有名な小野小町は、この地で生まれたと古くから伝えられる。

小野小町の伝説は、湯沢市小野など各地に伝えられており、特に「小野」の地名のあるとところに多く存在する。才能あふれる歌人で、類まれな美貌の持ち主として、思いを寄せる深草少将を百晩通わせたとする話や、美男として名高い在原業平の求愛を、鉄火のごとくはねつけたとする話は有名である。また、死して髑髏を野辺にさらした髑髏小町などの逸話もあり、多種多様な伝説が各地に伝えられる。

この地には次のように伝えられている。

この地一帯は、古くは七里ヶ沢といわれていた。小野篁(たかむら)は、朝廷の命を受けてこの地に来たり、この地を「小野六郷」と称し治めた。篁は、当時一流の教養人で、この地の産業や文化の礎を築いた。

この篁の屋敷には、この地の長者の娘たちが出仕していたが、その中に愛子(めずらこ)という娘がいた。愛子は見るものが息をのむほどに美しく、篁と愛子はたがいに文を交し合い、愛し合うようになった。間もなく玉のように愛らしい姫が生まれ、二人は姫を比古姫と名づけ、たいそう大事に育てた。

やがて比古姫が6歳になったある春の日、篁は朝廷の命で都に上ることになり、妻愛子をこの地に残し、姫を連れ都へ上った。このとき、京に上る比古姫の美しさに魅せられ、葦の葉が振り返り、それは今も片葉葦として残っているとも云う。

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