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福島県郡山市湖南町福浦字寺前

震災前取材

 

昔、この福浦の山に 大蛇が棲んでいた。大蛇は山を荒らし、谷や沢に毒気を撒き散らしていた。そのため里には悪疫がはびこり、暗雲が天を覆い、作物もろくに実らず、里人達は苦しい生活を送っていた。

このようなときに、弘法大師がこの地を通りかかり、里人達の苦しみを哀れに思い、大蛇の棲む山に登り、大蛇の毒気で汚れた棲家の大岩の上を箒で掃き清めた。大蛇はその法力に抗しきれず、清められた棲家に入ることができず山を逃げ出した。大蛇は山裾の洞窟に這い込んだが、あまりに大きくて、頭や胴は入ったが、尻尾が入らず、もがいているところを里人に見つかり、切り殺されてしまった。

弘法大師は大蛇を埋葬し、その地名を穴尾と改め薬師堂を建立した。また、この大蛇の棲家の箒で掃き清めた山を岩掃山と呼び、その中腹に千手千眼観音菩薩像を自ら刻み伏竜寺を開いたと云う。