福島県郡山市湖南町舟津字日本一

震災前取材

 

郡山市湖南町の日本 一観音堂の地の字名は「日本一」と云う。

江戸期に、この地は二本松藩領で、会津藩との藩境に位置していた。あるとき、二本松藩の殿様が、この地で採れた米を食べたところ、「この米は日本一うまい」と大変喜び、この地に「日本一」の地名を与えたと云う。

この地の「日本一観音堂」の観音像は、鎌倉時代末期の銅像で、像の高さは一尺一寸で、顔は面長で目鼻立ちが整い、宝冠には花形の浮彫文様がつけられている。

この観音堂は、四間四面の総ケヤキ造りで、安永4年(1773)に建立された。かつてはこの堂には錠前がついていなかったため、観音像は度々誰かに持ち出されていた。しかし、いつも知らないうちにお堂に帰っており、この日本一の地の観音堂から離れないという不思議が繰り返されたと云う。

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