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福島県大熊町大川原字手の倉

 

大熊町の坂下ダ ムの上流の仲子林道わきに、小さい鳥居があり、岩の隙間からの湧水がある。この湧水は、この地の伝説から「小夜姫の涙」と呼ばれ、遠い昔から枯れたことがなく、今も水を持ち帰り愛用する人が多い。

昔、野上の里に長者がおり、長者には小夜姫という一人娘がいた。生まれてから何一つ不自由なく育てられ、十六歳の時、毛戸の里の長者の跡取りのもとに輿入れした。

山吹の花が咲き乱れ、藤の花が紫になる頃、毛戸の里に嫁いで初めての節句を迎え、里帰りをすることになった。姑からも「ゆっくりとしておいで」と声をかけられ、小夜姫は、久しぶりに父母に会える嬉しさで心を躍らせた。

従者に土産のワラビや柏餅を背負わせ、足取りも軽く葉芹川沿いの山道を急いだ。ところが、どこでどう間違ったのか、歩いても歩いても野上の里にたどり着くことが出来ない。歩き回るうちにとうとうどちらが東か西かも分からなくなってしまい、空を見上げると、いくら歩いてもお日様が同じ位置にある。

その内に、今までのどかに鳴いていたカッコウの声も止み、黄昏の色が忍び寄っていた。疲れ切った足を川の水にひたし、この里帰りは神仏の心にかなわなかったものと諦め、サメザメと涙を流し、とぼとぼと日隠山の彼方の毛戸の里の嫁ぎ先に引き返して行ったと云う。