福島県南相馬市鹿島区横手字堂前

 

この地の古墳は、真野川流域に分布し、国道6号線沿いに11基、西方1kmに4基あり、その内、帆立貝式の小型の小前方後円墳が1基で、あとは円墳である。

福島県浜通りの双葉郡や行方郡には、かなり早い時期に大和朝廷の物部氏を中心とした勢力が入り、この地の蝦夷を駆逐した。この時期にはまだ大和朝廷は確立しておらず、この地は半ば独立状態だった。しかし、その後大和朝廷が確立すると、大和朝廷の勢力とそれ以前に入っていた物部氏系の勢力がこの地周辺で戦い、古墳時代後期、この地でも大和朝廷の勢力が確立した。この地の古墳群は、そのような時期の大和朝廷勢力のものと思われる。

その後、この地には茨城などの北関東から入植し、行方軍団を形成していく。

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