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秋田県大仙市太田

2016/09/24取材

 

後三年の役の際に、八幡太郎義家は仙北の原野を金沢の柵向かってに兵を進めていた。しかし真夏の干天続きで、将兵は暑さと渇きのために疲労こんぱいの極に達し、たおれる者も続出した。

この時義家は、この地に源氏の白旗を立て、一心に岩清水八幡宮に祈願した。するとその旗を抜いたあとより、清水がこんこんと湧き出てきた。義家はこの地で野営し、将兵らは十分に英気を養い、金沢の柵での戦いは大勝利となった。

村人たちはこの清水を「白旗の清水」と呼び、大事に保存に努めているという。