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秋田県仙北市田沢湖町潟字中山
震災前取材
田沢湖沿岸の集落は、外輪山から湖への距離が短いことから、耕地に適する平坦地が少なく、昔は湖に産する国鱒などの漁業と養蚕、それに製炭などで生計を立てていた。
とくに、この湖でしか見られない国鱒は、田沢湖の伝説を起源とする高級魚として、慶事などの贈答魚として珍重され、湖畔住民の最大の収入源となっていた。
この大沢地区では、魚網や衣類の原料となる絹糸をはく蚕と、国鱒などの魚のために塚を築き、その霊を供養するとともに生産と豊漁を祈願した。
その後塚は、駐車場造成などで一時取り崩されていたが、平成12年(2000)に古老の記憶をもとに復元したもので、向かって右が蚕塚、左が国鱒塚と呼ばれていた。