宮城県丸森町筆甫和田

 

江戸時代初 期の慶長15年(1610)頃、キリシタン武士の東海林備後が、この地にタタラ製鉄をもたらしたと伝えられる。

その後、10数年にわたり、村人達に製鉄の技術を教え、年貢鉄として仙台藩に納められ、村人達は大変に潤った。
しかし、寛永15年(1638)、ついにこの地にも切支丹弾圧の手は伸び、東海林一族は捕らえられ、この地の製鉄も衰退したものと思われる。

現在、この地区の「復元する会」によりタタラ場が復活し、阿武隈川の河原から採取した砂鉄により、年に4回製鉄が行われている。

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