宮城県栗原市一迫真坂字山王

震災前取材

 

縄文時代晩期(約2,500年前)から弥生時代前期(約2,000年前)にかけて営まれた集落遺跡。

水分を多量に含む泥炭層から、縄文時代の布である「編布(あんぎん)」の断片や、漆塗りの容器の「籃胎漆器(らんたいしっき)」の断片などが出土した。これらの出土品は大変貴重なもので、昭和46年(1971)、国の史跡に指定された。現在は史跡公園として整備中である。

迫川の支流長崎川北岸の氾濫原で自然堤防上に立地し、調査の結果、弥生時代の磨消縄文を持つ土器、石器、合口甕棺などが、また、縄文時代晩期後半の土器、漆器や獣骨などの破片などが出土した。

その他、土器が4000点、石鏃や石斧などの石器が1000点以上、土製耳飾りやペンダントなどが1000点以上、多数の土偶・土板・籃胎漆器、骨角器、編布、木製品などが出土し、弥生時代前期の竪穴住居跡や大規模な溝跡なども発見されており、東北地方としては大規模な集落があったのではないかと考えられている。

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