宮城県大和町

 

この地の阿弥陀堂は、仙台藩五代藩主伊達吉村が、母の貞樹院の菩提を弔うために建立したもの。

吉村は、延宝8年(1680)、宮床伊達氏初代当主で、伊達忠宗の八男の伊達宗房の嫡男として生まれた。父の宗房は、吉村が6歳の時に没したため、幼くして宮床伊達家の家督を相続した。

母の貞樹院は、白石の片倉景長の娘で於松といい、夫宗房を早くなくし、幼くして当主となった吉村を訓育し支えた。宮床に地蔵菩薩を建てて吉村の成長を祈ったとも伝えられている。

この時期、仙台藩は四代藩主伊達綱村の時期で、綱村は名君として仙台藩を統治し、寺院や神社の造営など様々な改革を行なった。しかしそれらは藩財政を逼迫させ、伊達家の一族は反発し諌言に及び、また家臣団は綱村の強制隠居を計画するなどし、結局綱村は隠居することになった。

綱村には、跡を継ぐ男子がいなかったため、宮床伊達家の吉村に白羽の矢が立てられ、宮床は弟に譲り仙台本藩の綱村の養嗣子となり第五代仙台藩主となった。

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