震災前取材

岩手県陸前高田市広田町字大祝

 

 

黒崎仙峡は、陸中海岸国立公園の一部で、広田半島東端にある景勝地。リアス式海岸特有の絶壁と屈曲による奇勝を形成する。

この地には、『竜神神楽』の伝説が伝えられる。

この黒崎仙峡の岬の一つに、大きな岩穴がある。この岩穴は、いつもは海中に没しているのだが、潮が引いたときだけ見ることが出来る。特に、旧暦3月の大潮のときによく見ることが出来る。そして、この頃に、岩の近くで神楽のような妙なる音が聞こえることがある。昔から、この地の人達は、これを、 「竜神神楽」と呼び、3月3日にはこれを聞くためたくさんの人々が集まったと云う。しかし、この神楽のような音の正体が何であるかは、誰も知らなかった。

ある年のこと、この神楽のことを伝え聞いたお殿様が、何とかして岩穴の秘密を知りたいものと、村人たちに、「誰かこの岩穴を調べに行くものは いないか」と「お触れ」を出した。正体を見極めたものには、たくさんの褒美を出すというのだ。しかし、だれも気味悪がって、潮流の激しい岩穴まで行こうという者はいなかった。

そんな時、近くに与八と佐十という若い漁師が住んでいた。二人は、村の中でも最も達者な漁師で、力自慢で、また泳ぎも大層上手だった。与八と佐十は、村の衆から確かめてくれと頼まれ 、ついにこの「竜神神楽」の正体を確かめに行くことになった。

殿様は、「互いに力を合わせて、よく見届けよ」と檄をとばした。二人は、同じ舟に乗って、一言の言葉を交わすことなく、黙々と櫓をこいで行った 。まもなく、岩穴のある狭い水路に着き、どちらかともなくうなずき合い、舟から海に飛び込んだ。
岩穴の前は深い淵で、潮が激しく渦巻いていた。二人は、何回も波にさらわれ押し戻されながらも、 そこは名うての泳ぎ達者な二人はとうとうその場所を泳ぎきった。
そして、やや静かなよどみに出ると、頭の上からきれいな楽の音が聞こえてきた。その音は、あるいは高く、あるいは低く、長く尾を引 き、まことに不思議な音だった。

与八と佐十は、立ち泳ぎをしながらふと正面の高い岸壁の上を見上げた。二人の顔色はみるみるうちに恐怖で蒼白となった。岩の上には、白衣の女が横たわっていた 。長い髪が腰のあたりまで伸び、目を閉じたまま、はるか沖合いの方を眺めている様子だった。

それまで聞こえていた楽の音が、ぷっつりと聞こえなくなり、ほとりは、ただならぬ妖気に包まれた。二人は恐ろしさで息も止まるほどで、無我夢中で、後ろも見ずに逃げた 。
すでに上潮になってきており、沖の波が押し寄せ、二人は難儀しながら、お互い励まし合いながら、やっと の思いで岸にたどり着いた。しかし妖気に生気を吸われたのか息も絶え絶えで、殿様の前で岩穴の秘密を話し終わるやいなや「与八!!」「佐十!!」と、お互いの名を呼び合い死んで しまったと云う。

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