岩手県陸前高田市高田町字寒風

震災前取材

 

光照寺には、狐に関わる次のような伝説が伝えられている。

かつて光照寺は、この地方の信仰の山である氷上山麓の山居沢と言う所にあった。その当時、「ドンズイ」という若い坊さんが一人で修行をしていた。当時の山居沢は大変さびしいところで、これまで、何人かのお坊さんがこの寺に居たのだが、誰も長くは続かなかった。ドンズイは、若いのに肝が座った坊さんで、時々会う狩人らに、寂しくはないのかと聞かれても、ケロリとしていた。

ある晩のこと、ドンズイがいつものように一生懸命お経を読んでいると、戸口で「コト、コト」と音がした。誰も来るはずもなく、気のせいだろうとお経を唱えていると、今度は、ハッキリと「ドンズイ、ドンズイ」と呼ぶ声がした。

「今頃、誰だろう」と考えながら戸口に行ってみたが誰もいなかった。不思議に思いながら引き返すと、今度は「ドンズイ、ドンズイ、ワカメのサイと、マメノゴいらねぁが」と怒鳴っているのが聞こえた。大急ぎで、戸口へ出てみたが、やはり誰もいない。誰がこんな悪さをするのかと思いながら、「ワカメのサイと、マメノゴ」というのは、多分、「若布の菜」と「豆の粉」のことだろうがなどと考えながら、その夜はお経もそこそこに寝てしまった。

次の晩もおつとめをしていると、また、昨夜のように戸口で、「コト、コト」と音がする。急いで飛び出してみたがやはり誰もいない。しかしまた、「ドンズイ、ドンズイワカメのサイと、マメノゴいらねぁが」と、誰かが怒鳴る。

ドンズイは、「ワカメのサイと、マメノゴいらねぁが」の意味をいろいろと考えてみて、ハタと膝を打った。「ワカメ」とは「若女」のことで、「マメノゴ」は豆の粉ではなく、マメで元気な子供の事だと気付いた。何かの化け物が、「若い女の妻と、元気な子供はいらないか」と、一人者の坊主の修行を邪魔し、からかっているいるんだと思った。

次の晩、ドンズイは戸口に立って節穴からそっと外をのぞいていると、大きな狐が一匹庭に入ってきた。そして太いシッポで、まず戸口を「ドン」とたたき、そして、笹のいっぱいついた竹をシッポで「ズイ、ズイ」と引きずっている。それが中には「ドンズイ、ドンズイ」と聞こえるのだ。ドンズイは、すぐに呪文を唱え、狐を金縛りにしてしまった。

翌朝、ドンズイは狐の不心得を諭し、二度と悪さをしないように厳しく説教をした。狐は涙を流してわび、ドンズイはこれを見て狐を許し、縄を解いて放してやった。

この山居沢の、ドンズイの住んでいたあたりは今でも「寺場」と呼ばれ、、ドンズイが狐を放してやった場所は、「なわとき場」と呼ばれている。