震災前取材

岩手県大船渡市三陸町越喜来東崎浜

 

この越喜来界隈には、多くの「鬼」の伝説が伝えられている。

昔、エゾの鬼といわれた大鬼がいた。この鬼は都の方から追われて、この地でしばらく身を潜めていた。この地は、隠れるのに都合の良いところだったので、鬼が喜んで来たということで「鬼喜来(おきらい)」と呼ばれるようになった。

その鬼は、しばらくこの地に潜んでいたが、後に追手にみつかり他所に逃げたという。そのときこの鬼は、越喜来と吉浜との間の峠を、一刻も休まずに走り逃げ失せたことから、この峠は「うせ峠」と呼ばれるようになった。

また、次のようにも伝えられる。

昔、越喜来にはたくさんの鬼が棲んでいた。この鬼を退治するために、都から坂上田村麻呂将軍が、大勢の兵を引き連れこの地に乗り込んできた。田村麻呂は、大船渡から船で来たが、越喜来に上陸するや、たちまちのうちに鬼どもを討ち平らげ、死体はバラバラにして海へ流したと云う。

鬼が逃げ場を失い、多くの鬼が殺された沢は「鬼沢」と呼ばれるようになった。また、バラバラにされた鬼の死体が、あちらこちらに打ち上げられた。頭が打ち上げられた地は「頭崎(こうべざき)」、脛が打ち上げられた地は「脛崎(すねざき)」、牙が上がった所は「牙ヶ崎」と呼ぶようになった。

次のように伝える話もある。

越喜来の崎浜に、昔「大六山」と称する鬼が棲んでいて、里人を殺し、財を奪い取っていた。人々はこれを恐れて、この地に近づく者はなかった。

あるときこの地に来た武勇の士の多田満仲がこの鬼を鬼沢で成敗し、屍を海に投げ捨てた。その夜、首や脚が別々に岬々に流れ着き、これにちなんで「鬼沢」「首崎」「脛崎」「牙崎」「屍骨崎」と名づけられたと云う。

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