震災前取材

岩手県陸前高田市矢作町字梅木

 

猫淵神社は、日月神社の境内に脇社としてあり、以前は飯森沢の猫淵に鎮座し、宮城県本吉郡の横田不動尊のお使い猫を祀ったものと云う。この地方はかつて養蚕が盛んであったが、養蚕飼育期にネズミがマユを食べ大きな被害を与えることから、この地方の多くの農家は猫を飼い、養蚕の成功を祈願した。

この地の猫淵神社には、次のような伝説も伝えられる。

昔、この地の小黒山に、宝鏡寺という小さなお寺があった。ある日、この寺の坊さんが托鉢に出掛けた時、道端に一匹の子猫が棄てられ鳴いていた。坊さんは可哀そうに思い、その虎毛の子猫を拾い衣に包み寺へ帰った。

坊さんは子猫を“トラ”と名付け、我が子のように大事に育てた。トラは次第に大きくなり、炉端にデンと座り、お寺に来るお客さんは、みなこの虎猫に驚き、いつしかこの寺の名物になった。

何年かが過ぎたある時、トラがここ二三日姿を見せなかった。坊さんは、どこかで悪さでもしているのではと心配していたが、その夜、坊さんは不思議な夢を見た。それは、「明日、長部村の大金持ちの家で葬式がある。その葬式で、お棺が空の上に昇って行くだろう。そしたらお経を上げなさい。そのお経の中で“トラヤー、トラヤー、ナムトラヤー”と三遍唱えなさい。そうすれば、空に舞い上がった棺は祭壇へ下りてくるだろう」というものだった。

坊さんは朝起きると炉端で渋茶を啜りながら、この不思議な夢について考え込んでいた。またこの夢は姿を見せないトラの身の上に、何か変わり事でもあっての事ではなかろうかとも考えた。

坊さんは、とにかく長部村へ行って見ようと、ヨレヨレの衣を着て宝鏡寺を出た。長部村へ着くと、名にしおう大金持ちの家の葬式ということで、その場所はすぐに分かった。しかしどうも様子がおかしい。
集まった人々のヒソヒソ話を聞いていると、遺体の入ったお棺が空中へ昇ってしまって、偉い坊さんたちがどんなにお経を上げても、一向に下りて来ないという事だった。その家の旦那は、「御布施は幾らでも出す。あの御棺を下ろす坊主はいないのか」と立ったり座ったりして喚き散らしていた。

宝鏡寺の坊さんは静かに、「わしがお経を上げて進ぜよう」と申し出た。旦那は坊さんの身なりを見て、「偉い坊さんたちが下ろしかねているのに、お前のような乞食坊主にできるわけがない」と膠もない。するとその家の娘さんが出てきて、「父さんそんなお話はないでしょう。私からお願いします」と、宝鏡寺のお坊さんに丁寧にお願いした。

それではと坊さんは祭壇の前に座り朗々とお経を上げ始めた。お経の中に、夢でのお告げにあったように「トラヤー、トラヤー、ナムトラヤー」も入れた。会葬の人達が固唾を呑んで見守る中、しばらくは読経の声が響いていたが、まもなくして天に昇ったお棺が静々と下りてくるではないか。人々はあれよあれよと棺を見つめている間に、お棺は静かに祭壇に納まった。

これを見た旦那の喜びは一通りではなく、その無礼を詫び、坊さんを座敷に招じ上げ、一番の上座に坐って頂き、沢山の御布施を上げてもてなした。この事があってから宝鏡寺のお坊さんは、近郷近在に名僧として語り伝えられることになった。

しかし愛猫「トラ」は再び宝鏡寺に戻ることはなかった。間もなくトラの屍体が飯森川の渕に沈んでいるのが見つかった。坊さんは勿論、村の人達はトラの死を悼み、これを偲び、トラの屍体の見つかった渕の傍に祠を建て「猫渕様」として祀ったと云う。

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