福島県金山町横田

震災前取材

  • 南側土塁
中世の約400年間にわたってこの地を支配した、「会津四家」と呼ばれた山ノ内氏の居館の一つ。東西約94m、南北約77mで、三方が土塁で囲まれ、屋敷後方は深田堀で囲まれていたと云う。

横田中丸城最後の城主の山ノ内氏勝は、奥州仕置で所領は没収され、越後に蟄居しその地で没した。しかしその後、子孫はこの地に戻り、会津松平藩に仕えた。山ノ内氏勝から九代目にあたる知通は会津藩執政となり明治期を迎え、斗南藩少参事となったが、その後戻りこの地で没した

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