福島県会津美里町字丸山

震災前取材

  • 高倉観音堂
高倉観音堂は、この丸山の中腹の200段ほどの階段を上ったところにある。

治承4年(1180)、後白河天皇の第二皇子である高倉宮以仁王は、「以仁王の令旨」を出して源氏に平家打倒の挙兵を促した。自ずからも平氏討伐の兵を挙げ、その際に、お守りの観音像を随行の長沢大夫坊常春に下賜したものがこの地に安置されたと伝えられている。

以仁王は、南山城の加幡河原で追討軍に追いつかれて討たれたとされるが、逃げ延びたとする説もあり、会津地方には各所に高倉宮が落ち延びたとする伝説が伝えられる。

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