福島県白河市郭内

震災前取材

  • おとめ桜
 

白河小峰城は、寛永9年(1632)に丹羽長重により本格的に築城された。しかし、城の石垣が何度となく崩れるため、ついに人柱を立てることになった。人柱は、築城現場を最初に通ったもので、身分の上下、老若男女に関わりなく選ぶことになった。

このような折に、たまたま父を迎えに来た、藩士和知兵左衛門の娘が不運にもこの現場を通り、捕らえられ人柱となった。

後に、この娘を哀れんで、城内に桜が植えられ、おとめ桜と称されるようになった。

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