福島県猪苗代町ヱケ沢

 

豊臣秀吉の奥州仕置で、蒲生氏郷が会津に移封された。氏郷は当時の有力な切支丹大名で、その影響により会津地方には多くの切支丹が住み着いた。若松では3分の1、猪苗代では猪苗代城代の岡越後も熱心な切支丹であり、実に8割が切支丹だった時期もあったと伝えられる。

その後、会津は上杉氏が支配し、江戸期には加藤嘉明が会津に入ったが、この加藤氏の時代には切支丹禁制が厳しくなり、会津においても弾圧が始まり切支丹信者は一掃された。会津地方にはいたるところに切支丹史跡があるが、この地もそのうちの一つで、ここで多くの切支丹が処刑されたと伝えられる。

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