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福島県猪苗代町長田字長田

 

天正17年(1589)6月、伊達政宗は宿願の葦名の所領会津を攻略すべく、摺上原に軍を進めた。

この地の戦いに、葦名義広の家臣の、金上盛備、佐瀬種常、その子の常雄の三士は主君の危急を救い、三人共々戦いの果てに討ち死にした。

後に、嘉永3年(1850)会津藩主松平容敬が、その忠誠のさまを後世に伝えるため、唐の書家顔真卿の書体を集め刻まれた、全文437文字の、日本でも珍しい碑文である。