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福島県二本松市油井字寺屋敷

震災前取材

 

鞍石山の地は、天正13年(1585)、伊達政宗が二本松城攻めの折に、伊達重臣の片倉小十郎は、手勢300騎を従え、鐘の紋の大旗を立て、馬をみな西頭にそろえ、この地一帯に陣を敷いた。その間、愛馬の鞍をおろし、山頂の巨岩に掛けてしばし馬を休めたところから、その石は「鞍掛石」と呼ばれるようになった。

この地にあった鞍掛石は、中くぼみの滑らかな石面の花崗岩の巨岩だったという。しかし、日露戦争終戦後の明治39年(1906)の不作の年に、農民救済のため岩盤もろとも東京の電車の敷き石用に切り出し売却された。現在ではその痕跡は失われ、地元の有志により建てられた「鞍掛石奮跡」の碑が立っている。