秋田県横手市金沢中野字権五郎塚

震災前取材

 

鎌倉権五郎景政は、永保3年(1083)、わずか16歳で初陣、後三年の役で源義家に従いこの地で戦い武功を上げた。

義家の命により、この地に敵の戦死者を手厚く葬り、供養の塚を築き、塚の上に杉を植えたと云う。

杉は900年の時を経て巨木となったが、昭和23年(1948)、火災により枯死した。現在その幹が現地に保存され、景政の伝説を伝えている。

この塚は、金沢柵の入口にあたる。小さいながら山城の様相を備えており、出城的な役割を担っていた地のようにも思われ、景政らが金沢柵を攻めるときに激戦の地であったろうことは容易に推測できる

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