2015/07/25 宮城県仙台市青葉区

 

二の丸の石垣の上を通り、扇坂に向かった。扇坂は、仙台城をおとずれる者でもここを訪れることはまずないだろう。しかし、藩政時代には、仙台城の中で最も頻繁に利用された場所だ。

扇坂は、仙台城に上がる武士たちの殆どが利用した「通勤路」で、当時は大手門は、行事など特別な時だけ開けられ、普段は閉じられており通れなかった。

この扇坂は、かつて仙台城の二の丸を中心に歩き回ったとき、この地の薮の中にで偶然小さな表示を見つけた。その時は、この坂を通るものもなく薮に埋もれ、道の跡もなかった。とりあえずその時は写真に収めたが、写真を後で見ても。どう見てもただの薮にしか見えない状況だった。

2011年の震災後、たまたまこの地を所用で通ったとき、工事が進められており、どんな風に改竄されてしまうのか心配だった。この日はその工事後の姿を確認したかった。

扇坂に出ると、説明板が設置されきれいに整備されていた。二の丸址の大学のキャンパスに抜ける歩道として、以前は藪の中の道が整備されている。扇坂のいわれの「扇」の形状は保たれており、ひとまず安心した。しかしそれでも、坂にはコンクリートの階段が設置されている。通学路として、その安全のためには仕方がないのかもしれないが、坂としてのスロープがそのまま生かす方法はなかったものかと多少は残念だった。

扇坂は、観光地になるようなものでもなく、史跡としての価値もないかもしれない。しかしいつか、誰かが、ふとこの地のいわれを知り、そのときかつての面影が感じられれば、当時の私たちの祖先に対して思いをいたすことができる。そのことが重要なのだと思う。この扇坂のような地味な存在に対して、それを生かそうとの配慮には大感謝である。

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