宮城県大河原大谷上谷前

 

現在の宝泉寺の南方「庵の入」という所にもとは庵室があり、一時廃寺となった。その後天正4年(1577)、この地に再興開山され宝泉寺と改称された。

再興に際しては、伊達藩家臣の桑島肥前が、大谷村に持つ知行の内、二百文を寺領として永代寄進し、その後客殿、庫裏を造営寄進した。

本尊は、釈迦如来木仏座像で、京都の仏師友学の作で、脇仏は子安観音である。

この地には古くから隠れ切支丹の伝承があり、近くにはカトリックの墓地もある。また、この寺の「子安観音」も、実はマリア像ではないかとも言われている。また、キリスト像とも思える像も保管管理されて いる。

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