宮城県名取市閑上

 

閖上(ゆりあげ)浜は名取市の北東、名取川の河口に位置している。

昔この浜にいかだにのった十一面観音像がゆり上げられ、これにちなんで「ゆりあげ浜」と呼ぶようになったと言われている。この仏像が「ゆりあげられた」という説は、時代が鎌倉時代であったり、江戸初期であったり、また観音像であったり牛頭天皇像であったりと複数ある。

この「閖」という字は,辞書に載っていない珍字であり、これについては以下のような伝承が残っている。

古来この地は、「ゆりあげ浜」と呼ばれていたが、それにあたる漢字がなかった。あるとき四代仙台藩主伊達綱村が、仙台市の大年寺に参拝の帰り、山門内からはるか東方に海岸の波打つ浜をご覧になり、家臣のものに地名を尋ねた。そして「ゆりあげ浜」とはいうものの、その漢字がないことを知った。そこで、「門の中から水が見えた事から、今後、門の中に水と書き「閖上(ゆりあげ)」と呼ぶようにとのお言葉で、この地名になったと云う。

この地には他にも多くの伝説が残る。

昔、この地に大金持ちの家があった。ところが、この家の主人が突然の腹痛でそのまま亡くなると、それからは毎年のように家族が亡くなり、とうとうおばあさんと孫の2人っきりになってしまった。おばあさんはたった1人の孫をそれはそれは大切にし育てたが、そのためか、その孫は我がままに育ってしまった。

ある時おばあさんがこの孫に買い物を頼んだところ、孫は「いやだ」と言って聞かない。おばあさんは怒り、「お前はさっぱり言うことを聞かない。そのようなことだと、今に背中に目がついて鰈(かれい)になってしまうぞ」と言った。孫はふてくされて、「それが本当かどうか海に入ってみるぞ」と海の方へ行ってしまった。

その後、昼を過ぎても夕方になっても孫は帰ってこない。おばあさんが心配していると、宵の口になったころ孫の呼ぶ声が聞こえた。外へ出てみると、大きな鰈が1枚いた。「おばあさんの言うことを何も聞かず、世間に迷惑なことばかりしていたので、こんな姿にされてしまった」と言うと、また海へと泳いで行ってしまったという。

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