宮城県名取市大曲字中小路

 

洞口家住宅は、いぐね(防風林)に囲まれ、「館やしき」「たてのい」と呼ばれる旧家である。建築時期は、宝暦年間(1751~63)と考えられている。

国指定の母屋は、「名取型」と呼ばれ、田の字型四間取りを基本としている、仙台領内最大規模に属する住宅である。

洞口家の先祖は、 坂上田村麻呂の家臣で洞口助任(ほらぐち・すけとう)で、田村麻呂に名取の地を与えられたと云う。また、系図には「後村上天皇に仕える」とあり、また長慶天皇にも仕えたとあり、南朝方の武士だったと伝えられている。長慶天皇は足利幕府に京都を追われ東北に逃げきたり、南朝方と北朝方が多賀城をめぐって戦った。このとき南朝方が破れ、洞口氏の先祖は逃げ延びたが、後に伊達家の後ろ盾を得て、この地に戻ったと伝える。

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