宮城県名取市増田字北谷

 

この山門は、伊達藩家老片倉家の居城であった白石城の門の一つを明治の初め頃に移築したもの。移築の際に両妻を一間切詰めたと伝えられている。総ケヤキ造り、屋根は切妻造りの瓦葺、三間一戸の四脚門である。白石城のどの位置にあった門かは定かではないが、大手門、もしくは厩門と考えられている。

総ケヤキの素木造、屋根は切妻造の棧瓦葺、三間一戸の門で、県内に残る城門のうち最も広壮なものとされている。平成5年(1993)の解体復元工事時の調査の結果、薬医門に類似した門であることがわかった。

耕龍寺は、応仁元年(1467)、伊達家十一代持宗により開基されたのが始まりとされる。この寺の墓地の片隅には、伊達持宗とその夫人の供養塔と伝えられる2基の五輪塔が残っている。

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