宮城県塩竃市宮町

 

元禄2年(1689)5月8日(新暦6月24日)、塩釜に着いた芭蕉は、多賀城に戻り歌枕探訪と、朝から精力的に歩いた芭蕉一行は、仙台の加右衛門の紹介で治兵衛の旅宿で草鞋をぬいだ。曾良日記によると、「宿、治兵へ、法蓮寺門前」とあり、この付近だったと思われる。

五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、籬が嶋もほど近し。 五月雨の空がいささか晴れて、夕月がほのかに照らし、籬が島も間近に見える。蜑の小舟こぎつれて、肴わかつ声々に、つなでかなしもとよみけん心もしられて、いとゞ哀也。

籬島の夕景色を楽しみ、旅情を楽しんでいる様子が伺える。翌日は塩竃神社に参詣したが、芭蕉が泊まった宿の近くの裏参道は、当時は仙台藩主の参詣の道であり、一般の者は通ることは出来なかった。豪農や豪商は表参道を、ごく一般の者は七曲坂をのぼり参詣する習いだった。

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