福島県須賀川市長沼

  • お梅塚
 

長沼城址の城山の東側に、数基の墓石が並んでいるが、その中の最も大きい墓石がお梅のものと伝えられる。

昔、長沼城主の時貞には、阿梅という愛妾がいた。また正室は桜姫といい、礼儀正しく周囲の尊敬を受けていた。両人ともに稀に見る美人で、時貞は両人を愛し常に左右に侍らせていた。しかし桜姫は悋気から内心これを快くは思っていなかった。

ある時、時貞は酒宴を催し、家臣たちもともに酒を酌み交わした。その中に美男の若侍がおり、酒席の余興で阿梅の手をとり踊った。桜姫は、これを取り上げ、時貞に「あの若侍と阿梅は、時折密通している」と嘘を言った。時貞は驚き、阿梅を疑ったが、もともと嘘であるためそのような様子はなく、以前に変わらず寵愛した。桜姫は、ますます嫉妬の心が募るばかりだった。

あるとき、花畑で花見の宴が催された。このとき桜姫は時貞の供をしていた若侍に手紙を渡し、阿梅に渡すように申し付けた。若侍はこれを花の木陰で阿梅に渡し、それが時貞の目にとまった。

時貞は阿梅を呼び寄せ、その手紙を開いてみると、「阿梅の腹の子は私の子であり、男子が生まれれば長沼の家を共に握り、主君を毒殺しよう」という内容だった。時貞は激怒し、調べもせずに阿梅を桜の枝にくくりつけ切り殺し、若侍もその場で斬首された。

それからは、花畑に阿梅の怨霊がたびたび現れ、殺されたときの叫び声とともに人魂が燃え、人魂は城の方に登っていくのだった。城内でも不審な事が度重なり、桜姫は大病を患いうなされながら死んでしまった。時貞も病をえて、日に日にやせ衰えていった。

時貞は菩提寺の和尚に相談すると、和尚はこれまでのいきさつを全て聞くと、「阿梅を無実の罪で殺してしまったために、怨霊となってでるのだろう」と言い、阿梅の霊を慰めるための大法会を催した。

和尚は念じながら錫杖で花畑の阿梅が殺された桜の木を打つと、阿梅が忽然と現れ、一首の和歌を詠んだ。

しらせばや 穂の出し花の 面影に たち添ふ雲の 迷心を

歌を詠むやいなや、阿梅は如意輪観音に変じ、紫の雲に乗り西方さして飛び去った。これを見た者は皆、口々に念仏を唱え、観音像を祀りこの供養塔を建ててお梅の菩提を弔ったと云う。

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