福島県本宮市青田字清水前

 

この清水は、一盃清水ともいわれ、古く平安時代の円融天皇の頃の歌人の、曽根好忠の詠んだ和歌中に、「安積の岩井」が曽丹集に載せられており、もうその頃には、この清水の名は都にまで知られていた。

その後、交通路が変わるなどして、世の中の人から忘れられていたが、文化13年(1816)に本宮の国学者小沼幸彦が書いた「石井考」が松平定信の認めるところとなり、名泉として世に広められた。

また、この清水については次のような伝承もこの地に残っている

昔、源義家の軍が奥州の戦いに参戦した折に、都から従ってきた兵や、途中加わった大勢の兵を率いてこの地にやって来た。兵たちは疲れきって、しきりにのどの渇きを訴えた。

そこで義家が、手にした矢じりで岩を掘ったところ、岩からこんこんと水が湧き出てきたと云う。

また、この近くの山中には、義家駒留の石があり、その岩には、義家の愛馬の蹄の痕といわれるくぼみがいくつかみられると伝える。

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