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宮城県大崎市岩出山上川原町

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有備館の建物は、寛文3年(1663)、岩出山二代領主伊達宗敏のとき、二の丸が火災で焼失した際に仮居館として建てられたものと言われている。

その後元禄5年(1691)、三代敏親はこの建物を「春学館」と名付け、学問所を開設し、翌年に現在の御池小路に移転して「有備館」と名を改めた。

寄せ棟茅葺き書院造りの簡素な建物は、江戸時代の学問所の姿を今に伝える責重なもの。庭園は、四代領主村泰治世の正徳5年(1715)、仙台藩石州流茶道三代清水道竿によって作庭された。伊達政宗が居城とした岩出山城本丸の断崖を背景として、池中に島を配した回遊式池泉庭園。

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