宮城県栗原市栗駒稲屋敷字笊屋敷下

 

天正19年(1591)、豊臣の仕置き軍と敢然と戦った九戸政実ら八名は捕らえられ、囚人用の竹籠に乗せられ9月8日九戸を出発し、9月17日に、豊臣秀次が本陣を置いていたこの三迫の地に引き立てられた。

政実らは、一言の弁明も許されず、天下の大罪人としてこの地で斬首され、遺骸を埋めた場所には塚が建てられ、村人達により供養の椿が植えられたという。

明治初年、遠田郡の行者が、九戸政実の霊夢によりこの地を訪れ、荒れ果てた草むらの中から塚を見つけ、碑を建てて供養したのがこの九戸神社である。

この神社の近くの公園内には供養碑も建てられている。

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