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宮城県大崎市古川清滝字山崎前

 

享保2年(1717)、量円という僧がこの地に立ち寄り、ここに不動尊を勧請した。量円は、村人6人を引き連れて、紀州の熊野から二尺三寸の本尊を運んだ。また、一説には、仙台の広瀬川から巨石で造った不動尊を運ぶのに、あまりに重いので、途中の三本木で台座を捨ててきたという。そのため、別名、「身岳(みだけ)不動尊」とも云われるようになったという。

この地には堂の左右に清水が湧き出している。一方は滝状に湧き出し、一方は清水上に湧き出し、雌雄の泉と言われている。

かつて、松前氏がこの地を領していた頃、仙台五代藩主の伊達吉村が二度にわたりこの地で鷹狩を行った。その際ここを訪れ、この清水にいたく感激し、それまでの山田村を清滝村と改めたという。

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