宮城県仙台市太白区茂ヶ崎一丁目

 

伊達家の墓所としては経ヶ峯の瑞鳳殿が有名だが、経ヶ峰の霊廟は、初代伊達政宗の瑞鳳殿、二代忠宗の感仙殿、三代綱宗の善応殿がある。しかしこれ以降は霊廟は建立されなかった。

四代藩主の伊達綱村は、「先規に従い毎世廟を建てなば後世子孫何を以て保たん、我死せば墓石を建て、瓦葺の屋根を覆うまでにすべし」と遺命した。これにより、それ以降は霊廟が建てられることはなく、葬法そのものも簡素化された。

伊達綱村は元禄10年(1697)、鉄牛和尚を招き黄檗宗の禅寺である大年寺を建立した。大年寺建立後、伊達綱村は黄檗宗に帰依し、そのため茂ヶ崎の地が綱村以降の仙台藩主の墓所となった。

この茂ヶ崎には、「無尽灯廟」と「宝華林廟」の二つの墓所があり、四代綱村・無尽灯廟、五代吉村・無尽灯廟、六代宗村・宝華林廟、七代重村・宝華林廟、八代斉村・宝華林廟、十代斉宗・無尽灯廟、十二代斉邦・無尽灯廟、十三代慶邦・宝華林廟となっている。

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