宮城県仙台市青葉区宮町一丁目

2018/05/18更新

仙台東照宮の門前町である宮町の南端の、現在、小学校の校庭の端に、「狐石」なる特徴的な形の石があり、この地の「狐伝説」の一つを伝えている。

この地は、かつて伊達二代藩主伊達忠宗が東照宮を宮町に造営したとき、この地に仮宮を安置し、本宮が完成したときここから遷宮した。この仮宮安置の場所は、御仮宮と呼ばれ空き地になっていたが、時がたつにつれ、雑草は生い茂り、杉木立深く、昼なお暗いものすごい場所になっていた。自然と狐や狸の住むところとなり、行き交う人も稀になった 。

ここに誰が持ちこんだか、丸形の大石が一つあり、通行人などが知らずに小便をかけたりすれば、たちまち狐に化かされて方角が分からなくなったり、泥田に入れられたりとひどい目に遭わされたと言う。

またこの空き地には、いろは狐と呼ばれた狐がいた。この狐は、いろはの文字を染め抜いた粋な着物に、いろはの印の入った提灯を下げた美しい女になって通行人を色仕掛けでばかしたということだ。この地の北方600mほどの地に、明治期に遊郭が造られ大いに繁栄した。このイロハ狐伝説は、その遊郭に由来するものと考えられる。

また、東照宮周辺には、古くから「狐伝説」が多く伝えられていた。東照宮から続く高台は、かつては小田原山と呼ばれる丘陵地帯で、野生のウサギやタヌキや狐も生息しており、古くからこの地に「狐の嫁入り」を見たという話が多くあり、それも、この地に狐伝説が多く残る所以と考えられる。

お仮宮狐石
お仮宮狐石(震災前撮影)

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