宮城県利府町菅谷字馬場崎

 

文徳天皇(在位850~858)の時代に、慈覚大師が冠川(今の七北田川)流域に、一夜のうちに三つの穴薬師を作ったという。一つは岩切東光寺境内の「宵のお薬師」、次がこの菅谷の「夜中のお薬師」、三番目が七ヶ浜町湊浜の「暁のお薬師」である。

慈覚大師は円仁とも言い第三代天台座主。下野国に生まれ、唐より最澄が帰国するとすぐに比叡山に向かい最澄に師事した。

弘仁7年(816)、最澄の東国巡遊に従って全国に天台宗の教えを広めた。そのためか、東北には多くの慈覚大師に関わる伝説があり、「宵のお薬師」がある仙台岩切の東光寺も円仁が開いたと伝えられる。

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