岩手県遠野市上郷細越

2014/05/09取材

 

源義経は、兄の頼朝に追われ、平泉の藤原秀衡の許に身を寄せた。しかし頼朝の圧力を受けた藤原泰衡により攻められ、文治5年(1189)、平泉の高舘において31歳を一期として自刃した。

しかし岩手県と青森県には、義経はその1年前にひそかに平泉を脱出し、蝦夷地に向かったとされ、遠野、宮古、八戸、つがる、など、三陸沿岸から津軽にかけて伝説が伝えられる。いわゆる義経北行伝説である。

平泉を脱出した義経主従は、赤羽根峠を越えてこの地にたどり着き、この家で風呂をたてさせ入浴したという。

それ以来、この家の姓を「風呂」と呼ぶようになったという。現在もこの周辺の地名は「風呂」という。