岩手県遠野市土淵町字土淵

震災前取材

  • 安部屋敷跡
昔からこの地は屯館と呼ばれ、平安時代後期の天喜・康平の頃(1050頃)に、北上川流域に勢力を張った安部氏の一族で、安部貞任の弟の、北浦六郎重任が屋敷を構えたと伝えられる。豪壮な屋敷には数十名の家族が住み、土塁と堀で囲まれていた。八幡座館の源義家の軍と小鳥瀬川をはさんで矢を打ち合ったと伝える的場跡もある。

「遠野物語」第68話には、「安部氏という家ありて貞任の末なりと云う。昔は栄えたる家なり。今も屋敷の周囲に堀ありて水を通ず。刀剣馬具あまたあり」と記されている。

屋敷跡の東北にある稲荷社は、約400年前に甲州より勧請し安部氏の氏神としたもので、近郷でも古いもので、明治の初め頃まで「ダンビラケー」という祭りが行われ、近郷の山伏を集め、湯立ての儀式が行われ、巫女が笹を振りながら巫女舞を舞ったと伝えられる。